あなたにはどハマりしたものはありますか?
私は物心ついた頃から好奇心が強めの子供で、いわゆるオタクを自覚したのは小学生頃でした。最早オタクじゃなかった頃の記憶が危うい。
小学生の頃めちゃくちゃ好きだったのはポケモン。毎日ゲームで遊び毎週本放送と再放送でアニメを見て毎夏映画を見に行ってレアポケモンを貰いに行ったものです。
図鑑に載っているポケモンは全部名前が言えたし、「ピカチュー」なんて表記を見つけた日にはいちいち指摘して訂正しないと気が済まないほど。(正式な綴りはピカチュ「ウ」)
次第にポケモンのコンテンツはどんどん大きくなり、愛知万博の近くに期間限定の「ポケパーク」なる遊園地を開くほどに。
関西在住ながら「絶対行きたい!」とゴネ、連れて行ってもらったのを覚えています。「この時が永遠ならいいのに!」と子供心ながらに強く願いました。周りを見渡す限りポケモンだらけで楽園でしたね。
しかし自分が成長して行くにつれ、ゲームボーイカラーからゲームボーイアドバンス、ニンテンドーDS…とゲームそのものが進化して容量が増えるにつれて複雑になり細かい描写が出来るようになったことで、最初に好きになった世界よりかなり細かく明確に色々なシーンを見られるようになりました。
昔のゲームを遊んでいた人なら少し分かる感覚だと思うんですが、ドット絵の世界でも遊んでいるうちに想像力を働かせて、この人はこういう表情で…とか、説明書のイラストをゲームの中の荒い画像に重ねたり…とかして遊んでいた私と最新作の間に、徐々に溝ができて来ました(オブラート)(ざっくり言うと世界観の解釈違い)。
このゲームにそこまで人間のドラマは求めてなかったから没入しにくくなっちゃったな〜。みたいな感じですかね。ポケモンたちが好きすぎて、まさかのストーリー要らんというおかしな感覚に…クリア後も続けられるゲームを続けてやりすぎた感笑
で、結果今はもう最新作もアプリもやってないんです。
結構趣味卒業すると何も触れたくなくなるタイプというか、辞める時の辛さは愛していたからこそめちゃくちゃあるので、見ないようにしないと辛い…というのもそうなんですが。それが無くなったらシンプルに興味が薄れて見なくなる。
それでも子供の頃に好きだったものだし、絵を描き始めたのもポケモンを上手く描きたくて書き写してたことから始まったぐらいで、ルーツの一つな上、日本で普通に暮らしてるとガンガン目に入ってきます。
ある日、友達と買い物がてらふらふらしていたらポケモンセンターに行き着いて、そこでは新発売されたばかりのポケモンfitが並んでいました。
このシリーズは今までぬいぐるみになったことがなかったようなキャラクターから人気のキャラクターまで、ほぼ同価格帯同サイズ感で並べられますよというもので、もうポケモンは見ないなんて思ってたのが嘘みたいにテンションがあがっちゃって、気付けばお気に入りを手に取ってレジへ吸い込まれていました。
その時出会ったのがマリルリ。青い、川辺に住むみずタイプのウサギ(雑紹介)(可愛い)。たまに連れ歩いて写真を撮ったりしています。
幼い頃、母親にねだって描きうつしてもらったマリルリをうちわに貼って、気に入って使っていたな〜なんてことを思い出しました。
今思うこと。
別にピカチューって書いちゃっても好きだったらいいやん。
今ゲームしてなくても、大好きだったんなら嫌いにならなくてもいいやん。(極論のままに生きすぎてた笑)
「信者」以外は悪みたいな、完璧主義排他的オタクの考え方、辞めました。
今好きになってもいいやん。自分もそうするし。
全部知らなくても、好きって言ってもええんやでと。
もちろん好きだからこそ極めたい人はすごいな〜と思うけど、自分がそれじゃなくてもええやんおっけ〜。ゆるい気持ちで好きになり直しました。マリルリ可愛い。
今ハマってる競馬とかいうクソデカコンテンツはいろーんな競馬好きがいて、レッテル貼りしてる暇すらないので考えすぎてしまう私にはちょうどいいかもです。
世の中は白黒だけじゃなくてグラデーションだし、自分に優しくまったりゆるく自由に暮らしたいなと思う今日この頃です。
せっかく出来た好きなものなのに、執着したり縛られすぎたらしんどいで!ゆるく生きや!(自戒)